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「一世紀を生きぬいた老移民がふりかえるみずからの姿。日本に来て見て聞いて語る在日ブラジル人の姿。
そこに海外移住とデカセギの凝縮された生きざまを見る思いがした。
ブラジル移住100周年にふさわしい珠玉のドキュメンタリーである。」
(国立民族学博物館教授 中牧弘允)
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「日本からブラジルへ、ブラジルから日本へ。これは、日本人移民とデカセギのブラジル人が国境を越えて生きてきた100年の歴史である。
両者はこの100年の歴史を共有している。だがしかし、人々がこの歴史について語る時、日本人移民は日本人移民、デカセギのブラジル人はデカセギのブラジル人、というように両者の歴史はつながりをもたないものとして、きわめて表面的な形で語られてきた。本来相互のつながりをもつはずのこの両者の歴史が、それぞれ別々のものとして、切断されたまま伝えられてきた。
日本人移民とデカセギのブラジル人、また、日本とブラジルは、時間的にも空間的にもかけ離れているが、今回ドキュメンタリー作品を完成させた栗原奈名子さんは、一人の人物を介して両者の間につながりを持たせようと、『ブラジルから来たおじいちゃん』を制作してきた。「おじいちゃん」こと紺野堅一さんは、日本からブラジルに移住して72年、現在92歳の人物である。栗原さんは、この紺野さんの旅に同行した。ブラジルから自分の故郷である日本へ、紺野さんは旅に出たわけであるが、それは自分の過去にアイデンティティを求めるためではなく、日本に住むデカセギのブラジル人の未来を共に考えるためである。栗原さんは感傷を誘う物語に訴えず、生きることの大切さを紺野さんから学び、人々に伝えようとする。私たちよりもずっと以前に国境を越えた状況を生き抜いてきた者の人生から、学ぶべきことは数多くある。
『ブラジルから来たおじいちゃん』は、日本とブラジルの100年の歴史を考える人たちにとって見逃すことのできない作品となっている。」
ロベルト・マクスウェル(ヴィデオ・アーティスト、ジャーナリスト)
(訳:山本利彦)
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「現在92歳になる移民一世の紺野さんのブラジル生活は73年に及ぶ。孫の3世に囲まれる平和な生活を得ている。日本の弟が他界したことを機に毎年日本を訪れ、日本にデカセギに来ている知人を訪ねている。紺野さんとの何気ない会話からデカセギ家族の実像が映し出される。カメラがデカセギ家庭の中に入り、家族の姿を映し出せたのも紺野さんの人脈とブラジル人ならではのホスピタリティーであろう。紺野さんは、日本語とポルトガル語が飛び交うデカセギ家族の中で、『日本人は3世でブラジル人になった。日本のブラジル人も同じことだ』という。日本人として永い異国での生活経験に裏打ちされた貴重な観察である。ドキュメンタリー作成中に他界した成松政行さん。合掌。」
(上智大学 三田千代子)
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4月18日の特別上映会にご来場いただいた方から作品に寄せていただいた言葉です。
「だんだんと巾と深みが出てきて、最後のおじいちゃんの独白では胸が熱くなりました。
もう一度観てみたくなるドキュメンタリーです。」
嶋田 至 (LLCチーム経営)
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「おじいちゃんが、海を渡って長い年月の間に、生きることの意味を本当に簡潔に悟られていったことがよくわかりました。すばらしいドキュメンタリーだと思いました。
国がなければ人類に尽くすという、人間の使命感に到達、それを決して押し付けがましくなく、分かりやすく話す、魅力的です。国境を越え、異文化の中で苦労をし、獲得した、普遍的な言葉だと思いました。
実のある一時間ありがとうございました。」
新屋 学 (神戸国際協力交流センター専務理事)
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「92歳にして過去ではなく未来の人生を見つめる『ブラジルから来たおじいちゃん』紺野堅一さん。苦節の移民生活だったはずなのに、苦い体験も甘いアロマにして放っておられ、背筋をすっとのばして世の中を見ておられる。あの当時、ブラジルへ、中国へ、朝鮮へと日本政府は国民を国外に移住させたが、紺野さんの『朝鮮に行かんでよかった』の一言は、わたしの胸にぐさっときました。栗原監督の前作も今回の作品も、社会から『はみ出した』人間をあつかいながら、ほんとうはその人たちのほうがより豊かな生き方をしていることに気づかせてくれる。そして見る者はいやおうなく日本や日本人を問うことになるのです。」
(三木草子)
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